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大津地方裁判所 昭和40年(ワ)52号 判決 1966年9月24日

原告 山田博三

右訴訟代理人弁護士 莇立明

被告 林口勇一

被告 株式会社琵琶湖ホテル

右代表者代表取締役 奥村悦造

右訴訟代理人弁護士 大国正夫

主文

被告らは原告に対し各自金一二四、六〇〇円及び内金五〇、〇〇〇円に対する昭和三九年八月一七日から、内金七四、六〇〇円に対する昭和四〇年四月二一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分しその二を原告、その余を被告らの負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り被告らに対し金四〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は「被告らは原告に対し連帯して金三四九、二〇〇円及びこれに対する昭和三九年八月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

昭和三九年八月一六日午後三時頃被告会社内水泳場(以下本件プールという。)において被告林口が同プール備付の水面よりの高さ一米の飛込板(原告は木製飛込台といい、被告林口は飛板或は跳板といい、被告会社は跳込板というが、後記認定の如く飛込板という。)より回転飛込(回転数は暫く措く。)を行い入水しようとしたとき、その下で遊泳中の原告に激突し失神させたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば被告林口は原告の頸部付近に激突し、これがため原告は頸髄損傷により加療数ヶ月を要する負傷をしたことが認められる。原告は被告林口が本件飛込板より行った飛込は二回転飛込であったと主張するが、この点に関する原告本人の供述は措信し難く他にこれを認むべき証拠はない。かえって後段認定の如く被告林口はいわゆるかかえ型の一回転飛込を行ったものである。

そこで右事故は被告林口の一方的過失により発生したものかどうかにつき判断するに、本件プールは長さ二五米、幅一六米のものであることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、同プールは進駐米軍が被告会社を接収当時被告会社に指示して構内地の露天の一部に造らせた屋外プールであって、接収解除後昭和三三年夏季から被告会社はこれをホテル宿泊客に自由に使用させるとともに一般公衆にも娯楽のため開放し入場料を徴してホテル附属の事業として経営していること、本件飛込板は昭和三七年被告会社が本件プールの東南隅の近く、即ち東側プールサイドに二米の等間隔で設置しある七個のスタート台の南より一番目と二番目の中間に設備したもので全長約五米、幅四八糎、厚さ七糎但し先端に行く程うすく、最先端における厚さは三糎半の板であり、先端部分約一米がプールサイドより水面上に突出しており、飛込板の中央部分の下辺と後端部分はプールサイド面に接着する鉄製パイプにより高さ五四糎に固定して支えられ、先端部分の水面よりの高さは約一米で人体がこの部分に乗って体重をおしつけると反動を起し人体の跳躍を助ける仕組みになっており水泳客はこの反動を利用して飛込板の最先端より前方空中に高く跳躍して落下入水するプール付属の施設であって、水泳客の自由な使用に提供されているものであることが認められる。そして≪証拠省略≫を綜合すると、本件事故当日はお盆の休日に当り、本件プール入場の水泳客は平日よりも多く相当混雑しており、延人員約六〇〇名、事故発生時プール内遊泳中のもの五〇名を下らず、プールサイド上は殆んど一杯の状であったこと、被告林口は当日水泳客として入場し遊泳していたが前記時刻に本件飛込板を使用し回転飛込を試みんとし、先ず飛込板の先端に至り歩数を計り反動の具合を試験するとともに落下水面付近に遊泳者を認めなかったので安全を軽信し、側面南側のプールサイド東寄り側壁水面に浸り泳ぎ出そうとしている原告の姿に気付かず、飛込板上を後端部分に引返えし、そこで飛込姿勢に入り助走を開始し同板上を最先端目がけて走行し、その間板上のみに注意して前方水面は全く注視することなく、殆んど無我の境地で飛込板の反動を利用してその最先端より勢よく前方空中に跳躍し、腕と足を曲げ、足をかかえて首をすくめ体躯を丸めて一回転しつつ頭から水中に突込み、いわゆるかかえ型回転飛込方法を試みたその際、たまたま側面南側プールサイドより落下水面に泳ぎ出してきた原告の頸部付近に激突したこと、原告も当日水泳客として本件プールに来場し遊泳を楽しんでいたところ、右事故発生直前頃南側プールサイド東寄りの側壁張り出し部分の水面より飛込板先端部分を注意したのみで飛込者なきものと軽信し、被告林口が同板の後端部分より助走し同板を使用して飛込を試みようとしているのに気付かず漫然北に向って泳ぎ出したが、一米ないし一米半のところに他の遊泳客が進路を妨げたのでそのあくのをまって再び北進を続けたせつ那、頭上に被告林口が落下激突したこと、以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫

思うに、被告林口が自認する如く、叙上認定の如き特殊飛込方法を試みるときは、飛込者は飛込板後端で飛込姿勢に入ってから助走をつけて跳躍着水するまで、その間前方飛込板先端部分の下部付近の水面を見ることはできないのであるから、多数人が共同で遊泳する公衆用プールにおいては混雑時にはかかる飛込方法は避けるべきであるが、これを敢行しようとするときは見張りを置くか或は特に細心の注意を払って落下水面付近は勿論、飛込板周辺のプールサイド側壁水面に遊泳客なきことを十分確認し、もって事故の発生を未然に防止すべき注意義務あるものというべきところ、叙上認定事実によれば、本件プールは平日よりも遊泳客多く且つ盛夏の昼下りで相当混み合っていたに拘らず被告林口は右特殊飛込方法を試みるにあたり右注意義務を怠ったことは明らかであるから、本件事故発生につき同被告は過失の責を免れることはできない。

一方本件飛込板の設備ある公衆用プールにおいて、同板下付近の水面を遊泳せんとするものは、右水面が同板上を助走して先端より跳躍回転する等の特殊飛込者が落下入水する危険区域であることに思いを致し、同板上先端より後端までに飛込体勢にある者のないことを細心の注意をもって確認し、もって事故の発生を防止すべき注意義務あるのに、原告はこれを怠り、先端部分に人なきことより飛込者なきものと軽信し、漫然右危険区域に泳ぎ出した過失により被告林口に激突されたものであることは叙上認定事実より明らかである。

そうすると本件事故は被告林口と原告の過失の競合によるものというべきところ、原告の過失はただ後記過失相殺の問題として損害賠償の額を算定するにつき斟酌されるに過ぎない。そして被告林口は叙上過失により直接原告に損害を与えたものであるからこれが賠償をなすべき義務あることはいうまでもない。

原告は被告林口が行った回転飛込法は本件プールの如き公衆用遊泳プールにおいては無暴な飛込方法であり、この点にも過失があると主張するが、既に認定した如く、本件飛込板には回転飛込など特殊な飛込方法を為し得る装置がある以上、これを利用して右の如き飛込を為すこと自体は必ずしも無暴であり、この点に過失ありとはいえない。従って原告の右主張は採用し難い。

次に被告会社の責任につき考えるに、さきに認定した如く、本件プールは被告会社がその構内地の露天の一部に人為的に造ったものであるから、それ自体土地の工作物であることは勿論であり、また本件飛込板も本件プールサイド面に固定して設けられたプール付属の施設である以上、これまた土地の工作物と解するのが相当である。そして本件プールは被告会社が一般公衆に娯楽のため有料公開している営業用プールであることも既に認定したところであるから、被告会社はこれを一般大衆が共同で安全且つ快適な水泳を楽しむ施設として提供しているものというべく、従って盛夏時の午後など多数水泳客が来集し混雑する場合のあることは十分予想せられるところ、被告会社が右プールに付設した本件飛込板はその装置及び構造よりみて小規模ではあるが特殊の水泳技術とスリルを味う一部のものに提供しているものと認められる。然らば本件プールにかかる飛込板を設置しこれを自由に使用せしめ放任するにおいては危険の発生を伴うことは容易に予測せられ得るのであるから、プール業者としてはかかる飛込板を設置する以上は、これが危険発生防止につき来場者各人の通常の注意にまつのみでなく、危険の周知と事故の予防のため少くとも飛込板使用上の注意事項を定めこれを飛込板付近に掲出し、或は飛込板先端下部水面に危険標識を設け、飛込者及び一般水泳客に特別の注意を促す如き設備を為すことは当然とるべき措置というべきであり、これを欠くことは民法第七一七条にいう工作物の設置又は保存に瑕疵ある場合に該当するものと解するのを相当とする。そして被告会社においては何らこれら方法をとらなかったのであり、本件事故の状況より考え、もし被告会社が右措置をとっていた場合本件事故の発生は未然に防止し得たことは看取するに難くないから、被告会社は本件事故により原告の蒙った損害を賠償すべき責任を免れない。

尤も、被告会社は本件プール営業期間中監視員六名を雇い、少くとも二名は遊泳客の動静を監視しつづけるよう指導していたと主張し、≪証拠省略≫によれば、本件事故当時監視員六名あり、そのうち二名ないし三名が本件プール監視の任に当っていたことは認められるけれども、右監視員は飛込板専任のものであったことを認むべき証拠なく、かえって≪証拠省略≫によれば、本件事故当時監視に当っていた監視員は本件プール場内全般の監視に当っていたもので、メガホン等使用せず、飛込板から回転飛込をするものがあっても別段飛込者、遊泳者に注意を与えていなかったし、本件事故の発生すら気付かなかったことが認められ、これら事実から推すも、監視員を置いていたというだけで直ちに右瑕疵は治癒されたものであるとも或は事故の防止に必要な注意が為されたものであるともいうに足りない。のみならず民法第七一七条の土地の工作物についての所有者の責任は無過失責任を認めたものであり、本件プール飛込板が被告会社の所有であることは弁論の全趣旨に徴し明らかであるから、いずれにするも被告会社は本件事故につきその責任を免れない。

なお被告会社は本件事故は予測し得ないものであるから、責任はないと主張するけれども、既に説示した如く多数人が共同で使用する公衆用プールにおいて本件の如き飛込板が付設せられ自由に使用せられるにおいては危険の発生が予測せられ得ることは明らかであるから、右被告会社の主張は採用できない。

そして被告ら両名の原告に対する損害賠償責任はいわゆる不真正連帯の関係に立つものと解すべきである。

そこで原告の被った財産上の損害につき検討するに

(1)  ≪証拠省略≫によると、原告は本件事故による負傷治療のため勤務先日本クロス工業株式会社を昭和三九年八月一七日より同年一〇月二四日まで欠勤を余儀なくされ、これがため同期間中の時間内賃金合計金七八、〇〇〇円、同年下期賞与につき内金二五、五〇一円、昭和四〇年上期賞与につき内金一、八八〇円、以上合計金一〇五、三八一円の得べかりし収入を喪失したことが認められる。

(2)  ≪証拠省略≫によれば、原告は本件事故による負傷治療のため京都市の相馬外科病院に四週間入院し、同病院に対し昭和三九年八月二一日より同年九月九日までの入院費用分として計金三六、九〇〇円の支払を為したことが認められる。

(3)  ≪証拠省略≫によると原告は右入院中附添の手当として金一二、三〇〇円を支払したことが認められる。

以上認定に反する証拠はない。然らば原告は本件事故により以上合計額金一五四、五八一円相当の財産上の損害を蒙ったものというべきところ、原告は(1)の内金一〇〇、〇〇〇円を請求しているのであるから、原告請求にかかる財産上の損害は金一四九、二〇〇円であること算数上明らかである。そして既に認定のとおり本件事故発生については原告にも過失があり、この原告の過失と被告の過失を叙上認定事実に徴すればその割合は五分と五分と判定するのが相当であるから、原告の右過失を斟酌し、前記損害額のうちその十分の五を減じ、被告らの賠償すべき額は金七四、六〇〇円をもって相当と認める。

次に慰藉料につき考えるに、既に認定したように原告は本件事故により頸部強打による頸髄損傷を被り四週間入院し治療を受け勤務先を二ヶ月余り欠勤のやむなきに至り、これにより少なからぬ精神上の苦痛を蒙ったことは明らかであるところ、原告本人の供述によると、原告は今なお掌のしびれが少しあるため業務上織物の風合を手の感触によりみるとき不便を覚えている外重量物を持つことを医者より注意されている如き後遺的症状が残っていることが認められ、その他弁論にあらわれた諸般の事情を勘案し、原告の過失を斟酌すると、原告が本件事故により受けた精神上の苦痛を慰藉するに足る賠償額は金五万円が相当であると認める。

以上認定したとおり本件事故により被告らは原告に対し財産上、精神上合計金一二四、六〇〇円の損害を賠償すべき義務あるものというべく、よって被告らに対し各自右金額及び内金七四、六〇〇円即ち前記財産上の損害については前記甲第一二号証によりその全部が発生を了したと認められる日(右損害の内最も最後に発生したものは(1)のに示したもの)の翌日なる昭和四〇年四月二一日以降、内金五〇、〇〇〇円については本件事故発生の日の翌日なる昭和三九年八月一七日以降それぞれ完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において原告の請求を正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 畑健次)

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